産婦人科部長
前川正彦
産婦人科領域は、周産期、婦人科腫瘍、生殖内分泌、女性ヘルスケアの4分野に大別されますが、平成18年に産婦人科部長として赴任して以来、高度急性期病院における産婦人科の役割とスタッフのマンパワーを考慮しながら取り組むべき領域を選択してきました。
周産期:当院は精神科やNICUを有する急性期病院であるため精神疾患合併妊婦や早産リスクの高い妊産婦の診療で徳島県の周産期医療に貢献しています。放射線科には複数名のInterventional Radiology専門医がいるため手術による止血困難な産道裂傷症例に対して迅速な対応が可能です。平成24年の新病院開院に伴い分娩件数が増加していますが、産婦人科のベッド数とスタッフのマンパワーでは年間分娩数200件前後が適正数であるため分娩予約が多い月は件数制限しています。多胎妊婦は診療しておりません。
婦人科腫瘍…全身麻酔件数は産婦人科の予定手術枠をフルに使って年間230件前後(緊急手術含む)で推移しています。この手術枠を良性および悪性婦人科腫瘍に対する手術で埋めているため性器脱に対する手術は原則として行っておりません。子宮筋腫などの良性子宮疾患や良性卵巣嚢腫のほとんどを腹腔鏡下手術で行っております。早期子宮体癌に対しても腹腔鏡下子宮悪性腫瘍手術を行っています。全身麻酔症例に占める腹腔鏡下手術の割合は高く、最近は年間180件前後で推移しています。子宮頸癌に対する広汎子宮全摘出術では神経温存術式を行い術後排尿障害に関するQOL向上に努めています。
婦人科手術に興味のある若手の先生は日本産科婦人科内視鏡学会の腹腔鏡技術認定医の取得を目指すべきだと考えています。徳島県内には11名の腹腔鏡技術認定医(令和2年10月現在)がおりますが、新潟大学の磯部先生の論文によると県別の女性100,000人当たりの技術認定医数は全国1位です(Isobe et al., JOGR, 2020)。
私は2009年に腹腔鏡下子宮全摘出術(TLH)の症例で技術認定医を取得し、徐々に子宮内膜症合併による高度癒着症例や巨大筋腫症例など難易度の高い症例に適応を広げていきました。その際、第1助手の術野展開力が重要になります。医療者側の腹腔鏡の利点は手術動画を繰り返し視ることできることですが、術者を経験するといっそう理解が深まります。チームの手術力を高めるためにTLHの術式を定型化し、腹腔鏡技術認定医を育成する方針としました。当科ではこれまで4名の腹腔鏡技術認定医が誕生し、現在の常勤医はすべて技術認定医ですので難易度の高い症例を安全に手術することが可能となっています。最近、子宮筋腫など良性子宮疾患(子宮頸部異形成や子宮内膜増殖症を除く)に対するTLH率は97%を超えています。
磯部先生の論文によると徳島県全体でも良性子宮疾患に対するTLHの割合は他県に比べると高いと報告されており、腹腔鏡技術認定数とTLH率の間には正の相関が示されています(Isobe et al., JOGR, 2020、一部改変)。
産婦人科領域では平成30年4月に良性子宮疾患や早期子宮体癌に対するダヴィンチを用いたロボット支援下手術が保険収載されました。ダヴィンチは3Dカメラで腹腔内を立体画像で捉えることができ、アームの先端に関節があるため手指のような感覚で鉗子を操作することができます。触覚がないというデメリットは視覚で補うことができ、手振れが制御されているため繊細な手術操作が可能です。現在、ダヴィンチSi を用いて良性子宮疾患に対する子宮全摘出術を開始していますが、2020年12月に最新機のダヴィンチXiを導入しました。手術がない時にはいつでもトレーニング用のダヴィンチシミュレーターに触れることができます。
これまで多くの先輩から手術の手ほどきをうけ、解剖や手術手技、トラブルシューティングを教わってきました。術者になってからも県外病院の手術見学や、手術動画の視聴、他科の先生の手術手技に触れることで学んだことを試み、自分の手術に取り入れてきました。大先輩から教わった印象に残っている言葉は奈賀脩先生の「手術ノートをつけろ」と鎌田正晴先生の「手術は理屈!」です。手術ノートは単に手順を記すのではなく、自分で書いた術野のイラスト上に手技、用いた器具、コツなどを書き込んで後から読み返してもイメージできるようにするためのものです。新しい手技に触れた時には今も実践しています。先輩を前立に術者をさせてもらった時に「理屈がわかっていない」とよく言われました。すべての手術操作には理屈(意味)があるため、理屈を理解し、理屈に従って手や器具を操作できるようになれば他の場面でも応用できます。少なくとも自分が行っている手術操作の意味を言語化できるようにならなければなりません。開腹手術で学んだ理屈は腹腔鏡下手術に適用できますし、逆もまた然りです。開腹手術は面で容易にテンションをかけることができるのに対し、腹腔鏡下手術は鉗子による点あるいは線でテンションをかけなければならないところが大きく異なりますが、理屈は同じです。開腹手術で学んだ手技、知識を鉗子の動きに落とし込むことで開腹手術と同等な手術が可能です。
手術のレベルをあげていくためには当たり前ですが基本が大切です。基本の「き」として4つの「き」が必要だと感じています。
一つ目は手技(しゅぎ)。正しい層に入る、すばやく緩まない結紮をする、正しく切る、術野から得られる情報を整理し、次のステップを想定した操作を行い、イメージどおりに手や鉗子を動かすことができるようになることを目指します。手術書を読む、動画を見る、ドライ・ラボや動物ラボで習練する、手術見学を行う、自分の手術を見てもらう、これまで培った手技に執着しない、ことでレベルアップを図ります。
二つ目は知識(ちしき)。骨盤解剖、術野展開の方法、エネルギーデバイスの特徴、トラブルシューティングを知る、なかでも解剖の知識は最も大切です。
三つ目は熱気(ねっき)。もっと手術が上達したいという熱気(情熱)、そのためには手技を磨き続け、知識を得続けうる熱気が必要です。クリアしたい手術があれば自然とモチベーションが湧き上がるはずです。熱気がある限り次のステージに進むことができます。
そして勇気(ゆうき)。癒着が強い症例で術野を展開する際、ここは安全でここは危険という解剖の知識と剥離できる技術があっても勇気がないと手が止まってしまいます。新しい手技を身につけたい場合には従来の術式を封印する勇気も必要です。
スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学卒業式での有名なスピーチにあるフレーズです(YouTubeで視聴可)。The most important is the courage to follow your heart and intuition, because they somehow know what you truly want to become. 本当に大切なのは「心や直感に従う勇気」なのだと。スティーブ・ジョブズは他者と自分との関係で述べているので少し無理があるかもしれませんが、強引に手術に当てはめてみると、難易度の高い手術では「知識」と「手技」に従って進めていける「勇気」が大切だということになります。不安や恐怖心を乗り越えていくためには「勇気」が必要なのです。
Stay Hungry. Stay Foolish.
臨床医として婦人科疾患を持った患者や妊娠中の患者を適切に管理できるようになるために、妊娠分娩と婦人科疾患の診断、治療における問題点解決力と臨床的技能、態度を身につける。
主治医と部長の指導のもと、病棟回診、外来診察、手術に立ち会う。